2000.3.6号 07:00配信


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第38次南極地域観測隊 ドームふじ観測拠点越冬隊

「食と生活の記録」より/by 西村淳



「最初の洗礼」

そんなこんなで「スーパー硫黄温泉」のお湯を飲むこともなく気持ちよく入浴を済ませ、雪を溶かして水を作る造水槽に原料の雪を入れるべく、雪入れ作業の準備をしていたときである。突然足下から「ズーン」と鈍い音が響いてきた。 落盤だー!!。雪を掘るために何人か下の雪洞に降りていたのは知っていたので、あわてて羽毛服に着替え吹っ飛んでいった。途中ですれちがったのが例の・・・の一つが15秒かかる超無口な金戸基地長。湯上がりのほこほこした顔で歩いてきた。「何人か埋まったのだろうか?」との質問に返ってきた答えは「・・・・知りません・・・」点一つが15秒だから、当然答えを待つ余裕もなく背中で聞き流し、心の中では「あほ・ばか・ぼけ・かす」と毒づきながら雪洞に降りていく梯子に飛びついた。 

かなりびびりながら奥をのぞいてみると、人の出す水蒸気と雪煙で濃霧注意報が発令されたように ぼんやりとなっており、視程1mといった所。洞内は思いの他シーンと静まり返っていた。沈黙を最初に破ったのは例の最初から最後までぼやきっぱなしの「不肖 宮嶋」事、宮嶋カメラマンであった。「冗談やないっすょしゃれになりまへんは、やってられっないすょー」と連呼をしつつ梯子を駆け登っていった。確かこの人のキャッチフレーズは「不肖 宮嶋死んでもカメラを離しません」だったはずなのにこの場合は生きていたからカメラを離したのだろうか??後日日本から送られてきたFAXでの「週刊文春」に掲載された宮嶋氏の記事を見てみると、「大丈夫ですか? なんでもないですかー」と連呼しつつ先頭に立って救助活動をしたように書いてあったのには正直ひっくり返った。

結果的にこの落盤事故は死人もけが人も出なかったが、基地ツアーの最中に雪洞内で深く切れ込みの入った天井を指さして案内役の37次池谷隊員が、「ここは雪洞を掘っているときにできたチェーンソーの後でーす。」とおおうそをこいていたのを思い出した。 まさに落盤はその場所を起点に起きたのだから・・。ちなみに過去40年を経てきた南極観測隊の歴史を振り返ってみても、殉職者は2名しか出ていない。一人は有名な「福島隊員」で、もう一人は氷山から転落した観測支援の南極観測船「ふじ」乗員の海上自衛隊員である。25次隊の作業棟全焼事故や、29次隊の隕石調査隊の雪上車クレバス転落事故等、死者が出てもおかしくない大事故は何度か起こっているが、奇跡というか、よほど体の頑丈な人を連れてきているのか日本国内の平均の事故率と照らし合わせても、まさに驚嘆すべき安全係数ではないかと思われる。


「落盤」
注意:写真はすべて国立極地研究所に属します。
個人で楽しむ以外(メディア等への掲載)は禁止します。



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