2001.10.15号 07:00配信


南極のドーム基地住人だった西村淳の
アドベンチャークッキング2
【気ままに語る食と人の話】

春の風が吹いてきた10


この前原稿をアップしてからいったい何日たったのだろう。とは全然考えず、春には紋別から兼ねて希望していた「網走市」に転居してきてからは毎日々それは楽しく、同窓会・同期会・昔のお友達再会の夕べ・エコーセンター顔合わせ会・道新の大野氏初めまして会・本が出てよかったよかったの会ETCと、とにかく理由をつけて各種アルコール味見の会、略して「飲み会」活動を中心に日々過ごしていた。

「本!!」そう、遂に「アドベンチャークッキング」が「面白南極料理人」として、春風社から発刊となった。時2001年5月15日吉日・・。最初の予定では「大雪原の小さな家」と銘々されるはずだったが、春風社の山岸編集長が名付け親となって「面白南極料理人」として、私の駄文は世に出る事となった。もともと主義主張はほとんどゼロで、綺麗な女性にはきわめて弱い習性を持っており(春風社山岸編集長はそれは素敵な女性です。)表題もあきらかにパクリとわかる「大雪原〜」は没となるのは最初から決まっていたみたいだが、書籍と呼ばれる代物に私の駄文が生まれ変わるとなればそれこそ「観測隊の裏は闇」でも「南極観測隊・・アホが言っても越冬できた」でもとにかくなんでもよかった。

「面白南極料理人」・・・最初に本屋でこのロゴが目に留まって最初に読者の皆様はどう感じるのか、お笑い芸人が南極に行って料理を作る話とか、腕のなさをギャグにまぎらせて日々苦し紛れ料理を作っていた料理人の話とか、そんな風に感じちゃうのかなあとちょっと心に引っかかったが、よく考えてみるとどちらに転んでも事実とあまり開きがないので、「まっいいか」で決定とした。

山岸女史はどんどん話を広げていってくれ、装丁はなんとあの超有名なイラストレーター「和田 誠」氏が担当する事になり、帯に使う推薦文も、奥様の料理研究家「平野レミ」さんが受け持ってくれる事となった。「包装過剰」「誇大広告」「下水管に金粉」と様々のキャッチコピーが頭を駆けめぐったが、そんな状況が文を書く人間にとってどんなにめぐまれているかなんて事に考え至るはずもなく、「極楽とんぼ的」に楽しんでいた



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