2000.1.19号 06:30配信


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第38次南極地域観測隊 ドームふじ観測拠点越冬隊

「食と生活の記録」より/by 西村淳



「そしてドームへ3」

南極には世界の真水の70%があると言われる。雪・氷はほぼ無限に存在するがこれから水を造るとなると一手間である。前の37次隊では電気炊飯器を応用した「造水器」を持ち込んでいた。これは炊飯器のヒーターの部分をはずして周りにステンレスの容器を巻いたもので、一回に20リットル近く造水できるというすぐれものではあったが、なにせぶかっこうで・・言うなれば「スターウォーズ」のR2D2に小汚い毛布を巻けば大体のイメージが出来上がる。今回はそれを大幅に改造した造水能力も30リットルまでアップした物を持ち込んだ。 
朝の内に雪をほおりこんでねじでしっかりしめておくと、夕方には水ができている。 

この雪の補給も当番の隊員の重要な仕事でこれを忘れると、その日の水は0・・・と言うおそろしい状態になってしまう。と言ってもわずか30リットルである。今回のメンバーはドーム越冬隊9名、サポート隊2名、報道1名の計13名で、一日に使用可能水が30リットルである。したがって当然調理に伴う諸作業で省略してしまう課程が多々増えてくることになる。

まずは材料の洗浄・・これはすべて無し。次に米をとぐ・・これも無し。今回は「しらせ」艦内で米は研いでパッキングしてきたので、この研がない米は食べなくて済んだが代々の隊はこの無洗浄米を食べていた。味は「少々粉っぽい」との事。調理に使った鍋・釜の洗浄・・これはさすがに洗った・・が洗剤を使ってざぶざぶと洗う事は、水も無し、シンクもなしの状態ではまったく不可能である。まずは使った鍋は水を少し入れて、オプティマス(灯油コンロ)にかける。沸いて来たところで、お湯を捨て中をペーパータオルで拭いてTHE END。

さすがにこれだけだと油汚れは落ちないので、隊員の人達には内緒で拭いた後「スキナクレン」という水なしで使える、手洗い用の発泡石鹸で拭いてみたらきれいに油汚れは落ちた。・・・・・・・・・・・・
隊員の腹具合はその後なんでもなかったので大丈夫ということで・・・・・・
食器ももちろん洗わない。各自で使い終わったらお湯を食器に入れそのお湯は胃袋に投入し、またまたペーパータオルでキュッと拭いて終わりである。さて食事をすると当然余り物が若干出てくる。日本だとゴミとして捨ててしまうが、南極でもゴミの問題が持ち上がっておりなるべく出すゴミは少なく、少なくと言うのが最近の風潮になっている。ゴミを袋に入れて出してもゴミ収集車は絶対来ないし(来たら怖いだろーな)そこで「余り物使い回し大作戦」を取る事にした。いわば人間の胃袋を「ゴミ処理工場」として使うと言うことで「しらせ」からもらってきた食糧の中に冷凍食品の「和風煮物野菜ミックス」というのがあった。

これは里芋・人参・椎茸・竹の子等が適当な大きさにカットされてパッキングされたものだが、これを内陸旅行中に3段階に変化させて使った。旅行も毎日、毎日続いていくと種類の限られた原料と乏しいレパートリーでは、どうしてもパターンが決まってきてしまう。ある日の夕食時この「和風煮物野菜ミックス」を使って煮物を大量に作った時の事である。毎日寒い中で移動しているとどうしても体が肉類を要求するせいか今一つ売れ行きがよくない。「こりゃ余るわ・・」と心の中でつぶやいていたとき隊員の一人が「あーあ酢豚が喰いてぇなぁ」とつぶやいた。「いいよ明日作ってやるよ」と言ったまではよかったが、がっちりラッシングしてある越冬食の中から引っぱり出してこなければ、まったく酢豚の原料がないことに気がついた。それに揚げ物もせまい雪上車の調理室?では「ちょっと勘弁してよ」と言うかんじで。 

でも約束は約束・・大量に余った煮物を利用する事にした。まずは鶏肉を適当な大きさに切って片栗粉をまぶしフライパンで火を通した。それを煮物の中に投入し火を通して温める。これでは正月に食べるうま煮とあまり形状は変わらない。これを中華に化けさせるには甘酢の登場である。酢豚の餡も豚肉をたれにつけたのに、いろいろな調味料を加えて作らなければならないがここではそれも不可能。回りをぐるっと見渡して中華と書いてある物を捜して目に留まったのが「中華ドレッシング」。ゴマ油で瓶詰めの刻みニンニクを炒めて香りが出てきた所にこの中華ドレッシングをジャーと一瓶あけた。ぷくぷくと沸いてきてから水溶き片栗粉をいれてとろみをつけ、先ほどの「鶏肉入り前日余った煮物」を投入してよく混ぜたら、見事にメイドイン・ジャパンの料理がチャイニーズに化けてくれた。味も適度にピリッと辛味が効いて間に合わせ料理とは思えない位程良い味加減。中華ドレッシングもくらげやキュウリにぶっかけるだけでなく、こんな使い方をしてみると目先が変わっていいかもしれない。中国からの同行科学者「李さん」も「うまい!!」と中国語でほめてくれたので合格点だったとは思うけれどひょっとして味盲?!?!

次の日はこの余った「鶏肉入り前日余った煮物中華ドレッシングかけ酢豚風」をプレートに並べ、マヨネーズをたっぷりまぶして220℃に熱したオーブンレンジで焼き上げた。和・洋・中が一挙に合体したまるでオリンピックのようなグラタン風の物が出現した。結果としてはこれが一番好評であった。苦しまぎれ料理を作りつつやがて旅行隊は1998年1月1日昭和基地から280km離れた「みずほ基地」に到着した。


キャンプ
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