1999.12.28号 07:00配信


Home


第38次南極地域観測隊 ドームふじ観測拠点越冬隊

「食と生活の記録」より


by 西村淳

「調達作業開始」

南極観測隊のスポンサー「国立極地研究所」は文部省に所属する大学院大学である。詳しいことはさておき、まあ学生のいない大学と言ったところか・・。 池袋のすぐ隣町の板橋に籍をおき、地下鉄三田線の板橋区役所前で降りて商店街をとことこ歩いていくと、結構広い前庭を持った6階建ての建物がそうである。正門をくぐって左手に本館をいただき、正面にやや低い3階建ての1階が「隊員室」と呼ばれる「南極観測隊隊員事務室」になっている。ここには観測部門の科学者諸氏を除く、設営部門すなわち機械・通信・医療・調理・航空・建築・庶務等の南極観測行動を直接的に支える隊員達が、11月14日の晴海埠頭出港まで、一年間の暮らしを支える様々の物資を買い揃えるために日本全国から集まってくるのである。とはいえ、最初から目の回るほど忙しい日々が始まるわけではなく「どんなものを持っていったらいいのかなぁ」「南極ってどんな所なんだろう? 知ってる人いる?」等の間延びした会話から第一歩が始まる。

食糧部門の流れを言うと、集合→挨拶→業者へ電話→カタログ読み→寄付のお願い→お盆休みと、7月、8月は終わってしまう。もちろん後半になって、「しらせ」への積み荷リストや保税倉庫への入庫報告書等を提出する時期になると、それこそ寝る暇のないくらいバタバタ始まるのであるが最初の内は、本当にのどかなものである。南極へ持っていく調達食糧の手引きとして、代々の隊が積んでいった調達リストがありこの量に従って積んでいくと、大体過不足なく越冬生活を送れるようになってはいるが、その隊のチーフが中華やフレンチのシェフだったりすると、専門用語がずらりと並び「なんじゃ この妙な漢字やフランス語は」なんて事になってしまう。

30次隊の頃を思い浮かべても、一緒に昭和基地で越冬した鈴木隊員はかの有名な半蔵門にある東条会館から参加したフレンチのシェフで調達の打ち合わせで(一回目は真面目にしていた)
「トマトソースでさ、サルサポモドーレとダイストマトどれくらい買う?」
「えートマトソース・・・・ケチャップでいいんじゃないの」
「(?_?)∞∴♂♀○×(-_-;)(^^;)」
「フィメドポワソンとクールブイヨンどれくらい持っていくの?」
「フィメドなんちゃらって魚のだしでしょ? そんな物なんで買うの?」
「(*_*)(@_@)(-_-;)!(^^)!」
と、ぼけた会話の毎日であった。あまりの無知さ加減に彼にしてみれば泣きながら外に飛び出して行きたかった事であろうが、そこはやさしい鈴木君。 黙ってこらえて、ソース類は完璧に揃えてくれた。今も若いが、あの頃もっと若かった私達はイメージとして、「日本中から選抜された観測隊員には毎日ごちそう責めをしてやらなければいけない」と崇高な使命感に燃えていたので、それこそ鵜の目鷹の目で毎日食材のカタログを読みあさった。その結果として、フォワグラやキャビア、トリュフやロブスター、鯛・平目・ひらまさ・かんぱち・伊勢エビ等の高級食材はごっそり持ち込んだが、秋刀魚・鯖・目刺し等の大衆魚と呼ばれ、日頃食べなれている物は見事に忘れることになった。

オーストラリアの牛肉の安さに驚喜した私は、Tボーンステーキやラムラック、骨付きハム等を買い込んだが、鶏肉や豚肉を見事に忘れた。航海中に「しらせ」の厨房を預かる4分隊に酒を持って日参し、結構な量を分けてもらったが、それでも越冬期間終盤には豚肉・鶏肉不足になってしまった。30次隊の皆様は Tボーンの焼き豚風・牛ひれのハンバーグ、伊勢エビ団子のみそ汁・サーロインの角煮等、日本の調理人が聞けば、あまりの採算度外視、発砲破りに脳溢血を起こして倒れてしまうメニューを食えたのだから、大儲けとしてもらって、でも「ないんだからしょうがないでしょ!!」ということで。

今回は昭和基地で越冬する鈴木隊員ともども肩の力を抜いて気楽なスタンスで望もうと思っていたが、思わぬ伏兵が現れた。日本料理の板前「北田隊員」である。もちろん初めての観測隊参加。まなじりをきっとあげて隊員室に現れた。京料理の店でみっちり修行を積んできた人である。関西出身の彼は「日本人の料理の心は関西や!! 穴子は明石でないとアカン」毎日・毎日これである。1000km離れた所で越冬する私は直接的には関係ないわけであるが、「これは血の雨降るワ」と心の中で・・。でも生の魚は「南極きす」しか捕れない昭和基地でも、寿司屋さんを開店したり、精力的に活動し越冬生活を楽しんだみたいだからこれもよしということにいたしましょう。






あなたのご意見やご感想を掲示板に書き込んでください。

indexbacknext掲示板


Home
(C) 1999 Webnews
ご意見・ご感想・お問い合わせは webmaster@webnews.gr.jp まで。