2006.4.19号 10:00配信


津別町のデジカメスケッチ

(webnews津別支局長:オオヤネ)

さよなら銀河鉄道(復路編)
これは、置戸発6時41分発、池田着8時46分着の車両。
置戸着と置戸発のツーショットです。
池田行きが発車しました。後ろ姿を見送ります。
私? 置戸からまた北見に引き返すんです。
記念に池田まで乗りたいのはやまやまなんですが、体力が持ちそうにないので、もと来た列車でとんぼ返りします。体力より根性の問題か……?
ホームから大雪山を望みます。津別スキー場の頂上からも大雪山は見えますが、網走管内からこんなに近く見えるのは、不思議な気がします。
置戸といえば、人間ばん馬。
北見から乗って来た車両が、そのまま北見に引き返します。
そろそろ出発のようです。
開駅の碑。ちなみに旧相生線は大正14年に開通していました。
……ん? どちらも元号が代わる1年前なんですね。
車両は平成2年のもの。銀河線としてスタートしたばかりのころから、ずーっと活躍していたんですね。今はただ、お疲れさまと言ってあげるだけです。
置戸駅構内。別れを惜しむ飾り付けがあふれていました。
午前6時54分、北見に向けて発車しました。
北見の高校に通う生徒が、何人か乗り込んでいます。土曜日なので、模擬試験か部活動に行くのでしょう。
置戸の街並。道路も広く整然としているのが、置戸の市街地の特徴です。
郊外に行くと、材木置き場もありました。
学校のようですね。
こちらは、置戸・訓子府境界付近。訓子府町のカントリーサインが見えますか?
こちらは、置戸・訓子府境界付近。訓子府町のカントリーサインが見えますか?
併走してくる自動車が。大きなテレビカメラでこちらを撮影しています。テレビ局か?
負けずにデジカメで撮り返してやりましたが、放映されたら嫌だなあ。
訓子府駅。すごい数の高校生です。いよいよ混雑しそう。
座席は満員で立ち客もかなりいたので、車内を動き回って撮影には至りませんでした。
しかし、生活路線としての重要さを痛感させられました。乗ってみなければ分からないよなあ。
くるねっぷ観光のバス駐車場。バスに混ざって懐かしい車もあるぞ。ケンメリスカイラインですね。
津別から、開成経由で北見に行くときにも、気になっていたんですよ、このきれいな山。
不勉強で申し訳ないのですが、方角的に仁頃山と思うのですが、合っていますか?
大きな工場です。訓子府石灰という名前らしい。
ここからは、レンズにソフトフィルターをかけて撮影しています。
車窓の曇りという名の(笑)。
北見市街に入ってきました。いいだ葬儀場のところですね。このアングルから見るのは初めてです。最初で最後になるんですね……。
「駅」の風景になってきました。
終点北見駅のホームに着きました。
JR線にマイタウン列車はまなすが入っていました。7時40分生田原行きの車両のようです。
停車しました。続々と降りる乗客たちのほとんどが高校生です。
銀河線として運行開始した年は、私が高校に入った年でもあります。置戸・訓子府から銀河線で通う同級生たちも多くいました。第3セクターに切り替わったのが6月で、そのことでいろいろとゴチャゴチャしていたことも、何となく記憶にあります(きちんと書けないところが、本当に何となくだなあ)。
列車が発車しました。回送されているのでしょう。
運んでくれて、ありがとう。
楽しい旅を、ありがとう。
本当はね、好きじゃないんですよ。廃止が決まったものに、「記念」などと称して物見高く乗りに行くのは。
廃止される前に、ちっとも乗ってあげなかったくせに、ムシがいい話だよね。
もっと乗ってあげていれば、どうなってたか分からないのにさ。
今さら何を言っても遅いけれど。
でも、お礼を言わせてください。今日は楽しい旅をありがとう。
ごくろうさまでした、ふるさと銀河線。
この線路もいつかは撤去されてしまうのだろうけれど、利用してきたみんなの心に、「線路は続くよ、いつまでも」
ふるさと銀河線の最終運行は、4月20日(木)です。
当日は、お別れ式も予定されているとのこと。

詳しくは、北海道ちほく高原鉄道のホームページで紹介されています。
http://www15.plala.or.jp/chihoku/index.html
北海道運輸局のホームページにも、
ふるさと銀河線に関してというコンテンツがあります。
http://www.hkt.mlit.go.jp/


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