2000.3.2号 08:00配信


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スペシャルオリンピクス北海道のみんなたち
提供:スペシャルオリンピクス北海道運営副委員長 渡部 章
mailto:wdcnet@seagreen.ocn.ne.jp
byイマムー
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こんにちは皆さん、イマムーです。
第9号をお届けいたします。
スペシャルオリンピクス北海道の掲示板でご存じの方も多いのではと思いますが、アスリート「山内朋美」さんのがんばり状況についてです。

2000.2.26付けの信濃毎日新聞夕刊にこんな記事が載りました。

『スペシャルオリンピックス さっそうゴール』

知的障害者のスポーツ大会「第2回スペシャルオリンピックス日本冬季大会」は、26日午前、上水内郡牟礼村のいいづなリゾートスキー場で、競技がスタートした。
 アルペンスキーは、初心者の10メートル歩行から上級者の大回転まで六種目の予選を行い、68人が参加した。スピードのでる大回転ではゴール付近でスタッフ約20人が転倒などに備えたが、アスリートは次々にさっそうとゴールした。スキー会場ではボランティア約100人も競技役員や駐車場の誘導係などで参加し、地元の村おこしグループが、選手や観客らに豚汁や甘酒を振る舞った。

以上信濃毎日新聞より抜粋〜
信濃毎日新聞社様使用快諾感謝いたします。

この、大会にSO北海道から第1号のアスリートが、参加していました。山内朋美さんです。

今から思うと、朋ちゃんはどれだけのプレッシャーと戦ってきたのだろう。いつも会うたびに朋ちゃんの微笑みに、私たちはこころ和まされてきました。「小学校から始めた、大好きなスキーで、大会に出られることがうれしい。」朋ちゃんはそういって、ただ一人の北海道代表として、紋別のまちから出発しました。振り返ると、寒気の中、コーチと2人3脚のトレーニング。上手に滑る事も、上手に滑れない事も積み重ねの中で、自分の栄養としてきました。気が付くと朋ちゃんのトレーニングを見守る人達が増えてきていました。SOのスタッフばかりではありません、応援の輪が広がったのです。コーチもまた、始めてのクリニック指導の中で、試行錯誤を繰り返し、指導についての悩みの中で「ナガノ」を向かえました。「転ばずに滑ってゴールに来て欲しい!」「成績よりもこの一瞬を、はやく過ぎ去って欲しい!」「もし、怪我でもしたらどうしよう」コーチの胸の中は・・・。

朋ちゃんはゴールしました。転ぶこと無しに。私のようなSOの外側応援団にも、なんとも言えない大きな感動を与えてくれました。


以下現地取材班「ハッピーオウル」よりの寄稿を追記します。

 左右に男性を従えて山内朋美アスリートが、表彰台の中央に立った。観衆の最前列では、武市慶子コーチが雪上にぬかづくように両膝を折り曲げ、表彰台を見上げている。彼女を取り囲むようにしてスペシャルオリンピックス北海道応援団の面々が息を潜めてその瞬間を待ちわびている。
 そして、プレゼンターの登場。いよいよ表彰式が始まった。三位の宮城君の胸に銅メダルが光る。朋ちゃんの前を通り過ぎて、二位の八百屋君に向かう。朋ちゃんは表情を和らげようと必死だが、心臓の鼓動は高鳴るばかり。見つめる武市コーチの体内を真っ赤な潮が激流となって駆けめぐり、顔が紅色に染まってゆく。銀メダルを胸にした八百屋君が、声援に応えて手を振る。さぁー、朋ちゃんの番だ。武市コーチの瞳からすぅーっと涙がひとしずく頬をつたう。アシスタントからプレゼンターに渡されたゴールドのメダルが、小柄なともちゃんの首にかけられた。一瞬の静寂を突いて、おめでとうコールが一斉に湧き起こった。手を振り笑顔で応える
朋ちゃん。千葉団長、武市コーチ、そして応援団の、みんなの瞼が激しくしばたく。無欲の勝利がもたらした、感動のすばらしさを私たちは心底味わった。最高の贈り物だ。
 式が終わると朋ちゃんは、真っ先に武市コーチに駆け寄り、胸に頬を埋め、思いっきり号泣した。まるで無垢な赤子のように。感謝の心を言葉にかえきれず、熱い涙で表現した。二人の涙は、まさに金のしずくとなって、純白のいいづな高原の雪原にしたたり落ちた。
 思えばあの厳冬の紋別大山スキー場での13回に及んだトレーニングは、朋ちゃんにとって自分との戦いであった。やればできるというコーチの言葉を信じて、自らの可能性を開花させたその努力と勇気に、最大の敬意を表したい。優れたコーチを育てるのは、アスリートであることを、朋ちゃんは証明してくれた。

感想や詳細は冒頭のメールアドまで、お願いいたします。



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